哲学を学ぶ意味→答えがないことを考える力を養うということ

2021年1月27日

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哲学を学ぶ意味→答えがないことを考える力を養うということ

2021年1月27日

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こんにちは、ヨットです。

この記事は以下の人に向けて書きました。

  • 哲学とは何かを学びたいと思っている人
  • 哲学を学ぶ意味を考えたい人
  • 哲学を人生、仕事、ビジネスに活かす方法を知りたい人
この記事を読むと、哲学とは何か、哲学を学ぶ意味を考察し、哲学を自分の人生や仕事/ビジネスに活かすヒントが手に入ります。

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それでは「ヨット講座」始めましょう。

※以下はヨットのプロフィールです。(Twitterフォロワー数は2021/1/27現在です。)

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哲学とは何か?

哲学とは何か?

哲学を学ぶ意味を考察していく前に、哲学とは何かについて考えていきましょう。

「哲学」について考えると様々なことに気づかされます。

哲学とは?→哲学とは何かを考えるのが哲学

まずは模範解答を先にお伝えしておきます。

辞書などの言葉を借りるならば、「世界・人生などの根本原理を追求する学問」「真理を探求する知的営み」ということになります。

私が考える哲学とは「哲学とは何かを考えるのが哲学」だと思っています。

少し、遠回しな言い方ですよね。(笑)

もう少し要約すると、「答えが無いことを追求する学問」だと考えています。

どんなに天才が結集しても、どんなにAIが進歩しても、宇宙・世界・真理・人生などについての答えが導き出されることは永遠に無いでしょう。

非常に逆説的な言い回しになりますが、仮に「答え」が見つかったとすれば「真理や答えなど何も無い=解無し」という「答え」でしょう。

答えが無いことに対して、極限まで理論を組み立てて、仮説を構築する。

それが哲学なのではないでしょうか?

哲学とは?→人生そのものである

哲学というのは、どこか人生に似ています。(人生という概念が哲学の一部分と考えることもできますが。)

哲学も人生も、答えが無いことを自分なりに徹底的に考えるという意味では全く同じです。

幸福とは何か、自由とは何か、生きる意味とは何か?、人間とは何か?自分が成すべきことは何か?

「人生哲学」という言葉があるのもそのような所以なのではないでしょうか?

哲学を学ぶ意味→答えがないことを考える力を養う

哲学を学ぶ意味→答えがないことを考える力を養う

哲学を学ぶ意味とは何でしょうか?

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私は哲学を学ぶ意味は「答えがないことを考える力を養う」ことだと考えています。

学校の勉強、資格試験には模範解答があります。

基本的に正解は一つしかありません。

しかし、哲学、仕事、ビジネス、人生には「たった一つの答え」はありません。

無限の正解がありますし、正解したように見えても、本当に正解だったかは真の意味では死ぬまで分かりません。

更に申し上げるならば、自分が死ぬ直前に「正解だった」と思って死んだとしても、死後に「不正解」とされる場合は少なからずあります。

哲学、仕事、ビジネス、人生とはそのようなものです。

そんな前提条件を理解しつつ、目の前の答えに満足せず、生涯を通して学び続ける。

それこそが哲学を学ぶ意味なのではないかと思うのです。

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哲学を学ぶ意味→天才の思考の型をインストールできること

哲学を学ぶ意味は「答えがないことを考える力を養う」ことだというのは先述しました。

これは仕事、ビジネス、人生に応用できます。

更に哲学を学ぶ意味を深堀りするならば、天才の思考の型をインストールできることです。

各世代の教養溢れる天才・秀才が死ぬほど考え抜いて言語化したものが哲学書です。

そこには天才・秀才の物事を考える思考の型のエッセンスが詰まっています。

例えばルネ・デカルトは「我思う、ゆえに我あり」という名言を残しました。

何やら、形而上学的(メタフィジカル)な名言に思えますが、この思考の型は仕事、ビジネス、人生にも応用可能です。

「我思う、ゆえに我あり」ということは、自分が考えているたった今のこの意識以外は事実かは分からないということです。

要は先入観を持たずに0ベースで考えるというような考え方に応用できます。

また、ジャン・ボードリヤールは以下のように言いました。

出来事に関する治安維持は、本質的には、情報そのものをつうじて確保される。

情報は、歴史の脱現実化のいちばん有効な装置となる。

経済が価値を創造し、富の記号を製造する巨大な装置であっても、富そのものを製造するわけではないように、情報の全システムは出来事を記号として生産する巨大な機械となる。

つまり、出来事を、イデオロギーやスペクタルやカタストロフといった世界市場で交換可能な価値として生産することで、結局、非-出来事を生産するのだ。

ジャン・ボートリヤール「悪の知性」NTT出版 P145より引用

世の中の仕組みの本質を突いた言葉です。

このような思考の型をインストールし、自分なりに考えるだけで世の中の見え方は一変するのです。

哲学を学ぶ意味は天才の思考の型を身につけていくことにより、人生の可能性を広げることができる点ではないでしょうか。

内部リンク:【視野を広げると生き方の可能性が広がる】視野が広い人の考え方

哲学を学ぶ意味→謙虚になる

更に考えていくと、哲学を学ぶ意味をまだまだ発見できます。

哲学を学ぶと謙虚になります。

少なくとも私はお気に入りの哲学書を読み返す度に「自分の教養の無さ」「思考力の無さ」「レベルの低さ」を思い知らされて打ちのめされます。

まだまだ、世の中のことの0.00001%も分かっていないなと自ら気づくと謙虚になります。

時間の使い方も工夫するようになります。

勉強時間は年々増えるようになります。

謙虚に学び続けるように仕向けてくれる。

哲学を学ぶ意味はそんなところにもあるのです。

自分が天狗にならない最高の方法がある。それは哲学書を読むこと。哲学書を読む度に「自分の教養の無さ」「思考力の無さ」「レベルの低さ」を思い知らされるからです。読めば読むほど分からないことや知らないことがたくさん出て来て、永遠に近いレベルで探求出来るのが哲学の魅力なのかもしれません。

哲学を学ぶということはAIに負けない人材になるということ

哲学を学ぶということはこれからの時代の大きな武器になると考えています。

AIは模範解答を出すという意味では天才です。

しかし、AIは「時代の答えの仮説」を作り出すことは決してできません。

「時代の答えの仮説」を作り出すのはこれからも変わらず人間の役割です。

空間軸と時間軸で深く哲学を学び、教養を身につけて、時代のあるべき姿を描き行動していく。

哲学を学ぶということはこれからの時代を生き残る人材になるということなのです。

内部リンク:【教養とは何か?】教養を身につけるために心掛けたいこと

内部リンク:【AIと人間】人間にしかできないこと

終わりなき勉強を続けることが哲学であり、成長である

終わりなき勉強を続けることが哲学であり、成長である

哲学を学ぶ意味を自分なりに考え続けた結果、現時点で導き出した答えの仮説があります。

それは「終わりなき勉強を続けることが哲学であり、成長である」という仮説です。

人間の命というのはせいぜい100年です。

どんな天才でも、間違いなく分からないことだらけで死んでいくことでしょう。

「それなら、勉強する意味ってあるのか?」

そう思う方もいるかもしれません。

しかし、です。

死ぬ直前に「自分の実力の範囲内では挑戦し尽くした」と思えるように勉強をすることが「哲学」そのものなのではないのでしょうか。

最後にあなたにこの言葉を送って締めくくります。

今回は以上です。

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